時期をちょっと逸しており、かつ、本筋とはあまり関係ないのですが、
修学旅行のエピソードで懐かしい京都の風景がでてきたので一言。

初恋の夢破れたかがみが眺めている鴨川の風景。
カップルが点々とならんでいます。
この光景、
「鴨川の等差数列」
と呼ばれておりました。
いや、本当に見事なまでに等間隔なんですよ。
上のカットだと3組しか描写されてないのでそれほどでもないのですが、3条から4条にかけてそれはもう目盛りをうったのではないかというぐらいの綺麗な等間隔。
日中から夕方、夜にかけてカップルの数はそれなりに増減するのですが、一時的な間隔の乱れはいつのまにか修正されてしまいます。
まあこれは、個々のカップルが両隣のカップルからできるだけ距離をとろうとする意志と補正行為が強力に働いているから、それと、カップル以外の進入を跳ね除けるATフィールドのごとき心理バリアが形成されているから、ということが容易に推定されます。
それにしても、時刻・曜日・季節にかかわらず等間隔を自律的に維持する様はやはり壮観でして、ある意味ソーシャルダイナミクスの完璧な具現例として、その内側に入れない観察者に対してトラウマ寸前の印象を残しているわけですよ。
そんな懐かしくも切ない思い出。 けっ。
#追記:話数間違えてたので修正
日曜日, 9月 16, 2007
らき☆すた21話 鴨川の風景
土曜日, 7月 28, 2007
業界系ライターメモ
サイゾー(2007年8月号)「オタクギョーカイの闇」の“老害化が進むオタク論壇の憂鬱”の最新オタク・マスコミMAPが、関係者の間で話題になっているようだ。
はっきり言って“評論”にはあんまり興味がない。関係者インタビューなどを追っかけているのはメイキング・方法/技術論などに興味があるからだ。
だからMAPで誰がどこにいるかというのはどうでもいいのだが、昨今のライターさんはブログなどでこまめに情報発信している人が多いので、生の情報源として面白く、そういう意味では今回のMAPの交流関係は生情報の背景を知るきっかとしてちょっと役にたった。
以下、ライターさんたちのWEB上の情報をメモ代わりに列挙(敬称略)
藤津亮太
藤津亮太の「毒にも薬にもならない」(期間限定) ブログ 名前は適当に変わっているよう
藤津亮太のAnime喜怒哀楽
藤木義勝のMake my day !
実は・スゴイ・このアニメ アニメージュサイト内の連載
アニメを見てると××になるって本当ですか? NewTypeチャンネル
更科修一郎 CutePlus-Blog ブログ
宇野常寛(善良な市民) 第2次惑星開発委員会
伊藤剛 伊藤剛のトカトントニズム
タニグチリウイチ 日刊リウイチ
岡田斗司夫 レコーディング・ダイエットのススメ
数土直志
数土直志のアニメビジネス漂流記
#オタキングが激ヤセしてたのはダイエットの成果だったのかぁ
氷川竜介 氷川竜介ブログ
夏目房之介 夏目房之介の「で?」
竹熊健太郎 たけくまメモ
水曜日, 7月 25, 2007
Suica対応コインロッカーの画期的なユーザビリティ
タイトルが全てなのである。
Suica対応のコインロッカー、初めて使ってみて、その利便性に目からウロコが落ちた。
Suica応用システムとして極めて本質的な機能が実現されていると言っても過言ではない。
(画像は、株式会社アルファロッカーシステム の製品紹介サイトより)

使い方はいたってシンプル(現金使用も可能であるが、以下はSuica使用を選択した場合)
<預ける>
・ロッカー中央のタッチパネル画面で[預け入れ]を選択
・空いているロッカーに荷物を入れて扉を閉める
・Suicaを中央のリーダーにワンタッチして施錠
・レシート(ロッカーの番号やSuicaのIDの一部などのメモ)がプリントアウトされる
最後のレシートはあくまでトラブル用の控えである。取りだし時の際に必ずしも必要となるものではない。まあ、ありがちなのはロッカーの場所を忘れてしまうことだろう。(私も場所がわかんなくなって、ちと探してしまった)
<取り出す>
・ロッカー中央のタッチパネル画面で[取り出し]を選択
・Suicaを中央のリーダーにワンタッチして開錠
・扉が自動的に開く
以上。
文章にしてしまうと、小銭を使わなくて済むことと、キーレスになっているのがちょっと便利な程度という印象しか得られないと思うが、ワンタッチで「認証」「精算」「該当ロッカーのドア開錠」が全て自動で処理されるというのは想像以上に快適なのである。
特に画期的なのが最後の開錠だろう。どのドアか忘れても機械のほうでちゃんと覚えててくれるのだから。
この快適さ、例えるとすると馴染みのホテルでクロークに貴重品を預けたような、といったところであろうか。
「昨日預けたあれ、出してくれる」
「かしこまりました。・・こちらでございますね。」
「うん。どうもありがとう」
・・・みたいな。
“馴染みの”ってところがミソ。普通はホテルでも受け取りには引換証やサインが必要だもんね。
精算をほとんど意識しないというのも重要な特徴である。
ホテルのクロークでいちいち「ご利用代金はお部屋代につけさせておいていただきます。」なんてやられたら仮に1回¥10だとしても、あまりいい気持ちはしないよね。
ホテル利用というのはサービス全般を買っているもの。だから、いちいち客にストレスをかけてほしくない。
話はコインロッカーに戻るが、キーレスロッカーというものは全然目新しいものではなく、昔からゴルフ場や大きな銭湯などで既に広く利用されている。ただし、これらは利用時にキーの代わりにドアの選択や暗証番号の入力という手順が必要である。そのため、仮に利用料がただであっても「セルフサービス」という感触が残ってしまう。ここがSuica対応ロッカーと根本的に違うのである。
SuicaのIDを使うことによって実現した「認証」「課金」の自動化。このわずかな違いによってユーザ側のストレスを極力排除することに成功したこのシステムは、今後Suica応用に限らずいろいろなシステムのユーザインタフェース設計に影響をもたらすのでないか、とすら思う。
たかがコインロッカーと侮るなかれ。
こんなシンプルなシステムにさえ、お客のストレスを排除するユーザビリティの革新という、新たなサービスの実現が可能なのである。多くの示唆を含んでいると思う。
まあ機会があったら是非一度使ってみて欲しい。
火曜日, 7月 10, 2007
なんたら2.0とか
「WEB2.0」という絶妙なネーミングは、一見ソフトウェアバージョンな印象のもとに、「次世代~」とか「ポスト~」というニュアンスの新しいフレームワークを与えた。
また、これほど中身がないにも関わらず広く普及したコンセプトはなかなかに珍しいものであろう。なにせ回りが勝手に解釈して、意味づけを広げくれるのだから。
その後、業界内では「なんたら2.0」という言い回しが、半ばジョーク的なニュアンスも含んで普及したのは承知の通りである。
で、最近では「DoCoMo 2.0」に「ダイハード4.0」と、ついにはCMや映画にまでこの言い回しが波及してきている・・・・・・・・・・・いや、違う。映画については先例がある。
実は、このバージョンナンバー表現のルーツはWEB2.0よりはるかに古く、とある映画に使われていた。しかも非常に正しい意味でである。
Star Wars Epsode 1.1 The Phantom Edit
これがそうである。
紹介記事⇒原えりすんの電気オタク研究所 バックナンバー 2002年1月24日の記事
海外の紹介記事もあった。
上記の紹介記事を読んでいただければわかるが、これ、エピソード1の出来のあまりのひどさに腹をたてたマニアが自家版で再編集してしまったもので、こちらのほうが出来がいいと評判になったものである。
そういう意味で“1.1”というマイナーアップデートのバージョン設定は極めて正しい。
ネーミングだけで大笑いした記憶がある。
今ではこの表現も広く普及してしまいインパクトもなくなり既に手垢のついた言い回しになりつつあるので、次は、αとかβ版とか、XPだVistaだとか使われるのか。
#あ、そういえばバージョンではないが「ブルースブラザース2000」ってーのもあったな。
日曜日, 12月 10, 2006
Yes, Virginia,
『サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話』だそうだ。
うん、確かにドラマやコミックのようには、こんな話題で盛り上がったりはしないだろう。
自分の記憶を辿ってみてもそんな会話をしたシチュエーションは浮かんでこない。実際、物心ついた時には親からそのままクリスマスプレゼントをもらっていた。
だから仮にそんな会話があったとしても「最初から信じて無かったよ」なんて場の空気を壊すだけだから、たぶん適当にごまかすぐらいしかなかったろう。
実は、今でも「いつまで信じてた?」という問いには満足に答えられない。
今は信じているからだ。サンタクロースを。
といっても別に宗教にはまったわけでも、超自然的な体験をしたわけでもない。しいて言えば、信じることを信じられるようになった、ということだろう。
きっかけは本当に単純なことだ。
年末で何かと慌しかった頃のこと、連日帰宅は夜更けになっていた。日に日に寒さを増していく家路では、疲れと気苦労を溜めた背中を丸めて歩くうち、心まで冷えていくような気がする日々だった。
そんなある夜。なんだか我が家の門灯が遠目にも少し明るくなっていた。近づいてみると、なんのことはない、それは門の植え込みに飾られた20球ほどクリスマスライトであった。
妻が「クリスマスにはライト飾りたいね」と言っていたのを思い出した。
ほんとうにささいな飾りだったのだが、しばし寒さも忘れて家の前で灯りに魅入られていた。
なんだか灯りが暖かかったのだ。それだけで心も温まるようだった。
それだけだ。たったこれだけで充分だった。
ああそうか これがクリスマスなんだ
この暖かさは妻からの優しさだけじゃない クリスマスライトがくれた暖かさだ
クリスマスだから こんなにも心が伝わるものなんだ
サンタクロースを信じたことがなかった自分にさえも、クリスマスの思いは刻まれていたのだ。両親。祖父母。友人たち。遠くから近くから私を支えてくれた人たち、そしてきっとまだ見知らぬ人たちの思いさえも
そして これがプレゼントなんだ
だから信じられる。
クリスマスに、そしてクリスマスだからこそもらえたプレゼントだ。
それはサンタクロースからに決まっているじゃないか。
それ以来、12月にクリスマスイルミネーションを飾るのは我が家の定例になった。
これは妻とともにサンタクロースを信じていることの証だ。
いや、今では妻と子供達とともにだ。
もっとも子供達が信じているのは、Xmasの夜にいつの間にかクリスマスプレゼントを置いていくサンタロースのほうだろう。
たとえ疑問をもったとしても、今はまだ「うちに煙突ないのにサンタさんどうやって入れるの?」というぐらいだ。もしかしたらそろそろ「サンタクロースって本当にいるの?」と質問してくるだろうか。
それでも自信を持って答えてあげられる。
「サンタクロースはいるんだよ」
と。信じているんだから。
いつかは「サンタクロースはいないんでしょ」と言ってくる日も来るのだろうか。
ならばこう答えよう。
「サンタクロースを信じられない年になったんだね。
けれども、またサンタクロースを信じられる日は来るよ。
私は信じられるようになったんだ。ほんとだよ。
お前にもその日が早く来るといいね。」
こう答えることになるのは、きっとさみしいだろう。
けれども、実は、ちょっと楽しみでもある。
君達にも
思いが届き、また届けられること
それを信じられる日が来ることを
Yes, Virginia, there is a Santa Claus.
水曜日, 11月 15, 2006
ダリ回顧展にて
先日、ぽっかりと平日に時間がとれたのでダリ回顧展にいってまいりました。
久々のダリ、年を経てみると印象が結構かわるものです。
今回印象に残ったのは晩年の作品でした。遺作の記号的解釈に思索をめぐらしながら会場を後にしたとき、後ろから女の子(推定:女子大生)が
「ダリ ダリィーン ♪ (by 矢井田瞳)」
と歌いながら出てきたんですよ。
・・・・・・・・・・正直負けた、と思いました。
で、ちょっと萌えたりして (*^_^*)
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金曜日, 7月 07, 2006
サマタイム
大島弓子の短編「サマタイム」(ダリアの帯 収録)を思い出した。
20年くらい前に発表されたものだ。確か選集にも収録されており10年くらい前に書評でとりあがられたことがある ― 阪神大震災のトラウマと癒しという観点で。
今頃この作品の記憶のトリガーをひいたのは、
・ハルヒの七夕 世界がかわる・・・・新しい世界が生まれる
それと、
・ミサイル 世界が終わる・・・・そして世界が続く
七夕のお願いに追加しておこう
「世界が続いていますように。願わくば平和で」
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(http://www.kk.iij4u.or.jp/~mitani/osusume.htm より)
サマタイム
1984 別冊LaLa9月号(白泉社)
花とゆめコミックス「綿の国星」7巻(白泉社)、大島弓子選集11巻(朝日ソノラマ)
ある夏の日、雷が落ちました
村はいつもとおなじでした
ただ帰ってくるはずの熊沢伸一が帰ってきません
トオルの結婚式はもうすぐなのに
月曜日, 12月 13, 2004
乱数放送局
Hotwired Japan の記事
スパイご用達? 短波「乱数放送局」の謎
確かこのような放送局の内容を集めたCDをサンプリングしたミュージシャンが、CD作成者に訴えられたという記事でも紹介されたはず。どっちもどっちだと思うが。
興味深いのはここ
な かで最も好奇心をそそる存在は、4625KHzを使用している放送局だろう。なにしろ、20年以上にわたって同じ信号を送信しつづけているのだ。その信号 は、ブザーのような音で1分間に25回繰り返され、『ザ・ブザー』というニックネームが付けられている。送信塔は、モスクワの北西30キロメートルのとこ ろにある。可能性として、福島から送信されている時刻情報の電波みたいなものかもしれないが、記事によるとそうでもないらしい。ブザーのような信号に全然情報が含まれていないのだとしたら思い当たることがある。これ、高信頼システム設計にかかわっている人ならピンとくるはず。あるシステムモジュールが正常に動いてい るかどうかを確認するために、そのモジュールが常時送信する信号のことをアライブネス・健全性信号などと呼び、その信号が途絶えたならばそのモジュールは 停止したか、異常状態にあると判断するためのものである。つまりこのような信号は、「情報を出力している」のではなくて、「出力していることが情報」なの である。
仮に、記事の『ザ・ブザー』がそのような役割を担っているとすると、信号が途絶えた時こそが「何か」があった時と考えれられる。
20年前から、というとロシアがまだソ連だったころだ。連邦崩壊という大きな変化があってもなお継続しているということは、もっと根本的なアライブネス信号なのかもしれないな。
#ちなみに過去2回音声が流れたことがあるそうだが、いつだったのかは不明
(11/18の「ぼちいこ」ポストから再録)
