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月曜日, 7月 30, 2007

「時をかける少女」は無謬である

「時かけ」は理屈抜きに面白かった。

で、今度は理屈で楽しんでみる。

とりあえず「死にたい」「欝になった」類のコメントは当人側の問題なので理屈でどうこうではないのでパス。

他のコメントではダメだししているものが結構あった。
どうやらこの映画に対する否定的なコメントのポイントは、タイムリープの矛盾・設定ミス・ご都合主義というところにあるようだ。

気に入った作品については、ポカも含めてそれを“真”としてこそ、理屈での楽しみ甲斐があるというものだ。
ちょっと指摘項目を肯定的に解釈してみよう。

以下、メインプロットのネタばれに触れので未見の方はご注意。



















指摘ポイント:
最後の千昭のタイムリープで真琴の記憶が残っているのがおかしい。他のタイムリープ描写では、タイムリープの当事者以外は時間が戻る前の記憶がないはずだ。

肯定的解釈:
千昭のタイムリープの描写は真琴のものと明らかに違う。時間停止状態に真琴を巻き込んでいる。これはつまり、真琴も一緒に過去に連れて行ったという解釈するほうが自然。
真琴のリープ残り回数が元に戻ることについては、残り回数が減るのはあくまでタイムリープの行使者の分という解釈で。
インタビュー資料に「タイムリープのチャージについてはSuica理論というのがあって・・」という表現があり、これはだれがチャージを負担するか、ということを指しているものと思われる。


念のために付け加えておくと、否定的コメントに反論とか議論をふるつもりは毛頭ない。
ひっかかった点を解釈して、あくまで理屈で楽しむだけである。

金曜日, 4月 13, 2007

ドラマ:演歌の女王 総括

4月からもう新しいドラマが始まっているのに今更ではあるが、「演歌の女王」が、なぜ、あそこまで迷走してしまったかを勝手に推測して締めくくりとしたい。

一言でいえば「製作陣全体でのビジョンの欠落」が最大原因だったのではないか、と思う。

放映終了後、脚本家や演出家が本来描きたかったものはなんだったのだろうか、と考えてみたがいかんせん手がかりがなさすぎる。話が動き始めそうに見えた5幕あたりから迷走が始まってしまったからなあ。結局数少ない伏線すら全然回収されなかったし・・・・・・・・

もしかして「脚本家も何をやりたいか考えあぐねての見切り発車だった」のか?

そう考えると第1幕以降のもたつき感もしっくりくる。とりあえず、売れない演歌歌手の背景と日常と不幸色々とを配置しておこうか、という程度の作りこみだったのでは、とか。

そのような状況として可能性として考えられるのは、
「表現したいテーマがあって売れない演歌歌手」を設定したのではなく、
「演歌(歌手)をモチーフに何かドラマを仕立てなくてはならなかった」
という類のことではないだろうか。例えば広告代理店の何かのマーケティングの一環で「演歌プッシュ」という流れに巻き込まれてしまったようなものとかね。

傍目には、脚本・演出・役者陣・土9枠、どれをとってもはずしようのない布陣にみえたのだが、やはりドラマや映画は総合力が勝負なのだ。関係者の製作へ向かうベクトルが揃わなければ、全体のパワーも勢いも全然見当はずれになってしまう。

今にして思えば、やたらと「女王の教室」がらみのキャストやネタをからめたりして数字を取ろうとしていたことや、着歌ダウンロード好調などと別方向の材料で盛り上げを煽ったりと、
妙にあざといことをしていたが、視聴率のテコ入れだけではない思惑が働いていたということなのかもしれない。

そうゆう穿った目で総括してしまうと、

中森明菜カバーアルバムで演歌歌う

という記事も、ついつい斜めに見てしまう。演歌ねぇ。これも「演歌」テコ入れの一環なのかなあ。
もしかして森進一の騒動も実は似たような狙いだったりして。

まあ陰謀論的妄想は置いとくとして、やはりドラマでも映画でもアニメでも、スタッフ全体のモチベーションを束ねられる確固たるビジョンがないことには、どうにもならんのだろうなあ、という月並みな結論ということで。

日曜日, 2月 25, 2007

ドラマ:演歌の女王 第7幕 ラストまでの方向性は定まったとみた。

第7幕は前回のようなトリッキーなカメラワークは少なかったです。やはり前回が異質だったようです。

これは全くの憶測なんですけど、第6幕で大幅なシナリオ変更があったのではないでしょうか。長回し・アップの多様・隙間からのショットなどトリッキーな撮影は、土壇場での変更に対応するための苦肉の策だったのではないか、という気がします。この仮定から主な変更点がどこかと推理すると、萩本社長のエピソードがその可能性が高いです。
・全くの前フリなしでの離婚危機と事務所崩壊 
・萩本社長がらみでのトリッキーなカメラ演出
  長まわし:ひまわりのアパートでの離婚話、カラオケ教室でのやりとり
  電話越しでの会話の多様、限定アングルからのカット多様
  飛び降りを決心した屋上でのカットのアオリアングル
     ⇒空だけ写せばどこで撮ってもいいので辻褄あわせに使われることが多い。
・分かれ道のシーンにCG無し(第7幕で復活)つまり分かれ道の設定自体も変更あり?

以下、勝手な推測:
ヒロシの母を演歌で正気に戻すくだりの伏線回収があまりにも急だったのは、このヒロシの母のエピソード展開を軸に再構成した。
ヒロシの母については第7幕で真佐美との関係も含めて整理されているので、その後の地方営業への展開につなげるために萩本のエピソードを急遽準備したのであろう。
ならば第6幕で本来入るはずのエピソードは? これは、ひまわりの母と弟の話でしょう。この話はあまりにも急にまとめすぎです。だいたい傷害事件まで発展させておいて血を分け合ってめでたしめでたしって、いくらなんでも脚本が破綻してますがな。お陰で温水さんがまともにからんでこなかってでないの。最後の看板いたずらのとこだけ。あれだって、ひまわりの行動パターンからは逸脱してます。本当ならば第5幕・第6幕ぐらいにわたって親子関係の修復をじっくりとまとめ、最終回での父親との再会へつなげるつもりだったのではないかと。
方針変更はわりと明確で、

・1回ごとに話を回収する。単発で観てもそこそこ楽しめるように。
・エピソードの密度を上げてテンポを良くして視聴者をあきさせない。
・悪役のキャラをはっきりさせ、それを改心させるなどしてカタルシスを得られるように
・ある程度ヒロシへ駄目出しをして視聴者のフラストレーションを解消してあげる。
・特に天海キャラの強さをはっきりとする方向へ。

てなとこでしょうか。
酒井若菜のブログによると、第7幕の撮影終了は2/18だったようです。これ第6幕放映終了の翌日ですよ。編集作業その他を考えるとこの時期にしては結構押しているのでは。いわるゆ「撮って出し」ってやつ?
#まあ、TRICKでは次回予告が「まだ出来てなーい♪」ってこともあったけどね。

んー、本当のところはどうだったのかなあ。放映終了後に関係者から現場の情報があがらないなあ。

色々な意味で残り3回の展開を楽しみにしましょう。
#福田麻由子の扱いももうちょっと考えておくれ・・・・・・・・・
 天海とのセーラー服対決は、ちょっと笑ってしまったが、もうちょっと台詞回しをひねってほしかったな。

水曜日, 2月 21, 2007

ドラマ:演歌の女王 第6幕 色々な意味で面白かった。ほんとに

正直、面白かった。最初からこのような構成・演出にしていたら15%以上の数字は確保されていただろう。ビデオ(もしくはハードディスク)に撮りだめしたままのあなた。騙されたと思って、第6幕(2/17)を観て欲しい。放送当初と似たような構造なのに、ここまで印象が変わるのか、と驚くであろう。

時間がないのでざっと印象を。

個人的に特にびっくりしたのはカメラワークである。
序盤のひまわりのアパートのシーンから、広角レンズの長回し。しかもかなりのハイテンポ・ハイテンションである。次のカラオケ教室での天海・段田の長回しでのやりとり。さすがである。役者の力量がいいテンポを生み出して、ここでのテンポのよさが終盤まで続く。

中盤以降もかなり大胆な構図、カット割りが続く。正面バストショット想定線上でのカット割り。俯瞰・あおり、はては実相時カットまで。好き放題と言ってもいいほど。けど、これらの演出全般が妙に今回のテンポにははまっていた。
カメラワークが気になる自分にとって、とぉっても満足でした。はい。


ただ・・・・・・

これがスタッフ達が目指した形のコメディだったのか、という点では疑問が残る。あまりにも伏線みえみえかつ予定調和な物語の回収(痴呆症の田丸母を演歌で正気に戻させる、など)。1話内で視聴者を満足させるべくのプロットの変更があったのではないか、という疑念がぬぐえない。今回の演出パターンの大幅な変更は、「単純に視聴者を楽しませるだけならいつでもできるんだよ」みたいな開き直りなのだろうか。

今回の長回しの多用も、もしかしたらシナリオ変更の影響なのかもしれない(だとしても結果オーライだが)あとTV局内でシーン、照明ミスのハレーションなど普通ならNGであろうと思われる絵が多々あったし。

低視聴率による打ち切り観測記事がうるさいようで、内部でもスポンサー向けに色々と大変なのであろう。テコ入れも随分強化されている(ハケンの品格との抱き合わせのSP、MusicLovers平井堅・天海競演、ズムサタのバックアップなどなど)

残りの展開を察するに、どうやら私が当初想定したような、「コメディの皮をかぶった社会派メッセージドラマ」の可能性は少なそうだ。ただ、まだまだ色々とやってくれそうな気配は濃厚である。折り返しを過ぎて、あと4回。どのように転んでも見物である。
どうか打ち切りになりませんように。

Wikipediaに7幕が最終幕となっていたけど、さすがにこれは飛ばしだろう。
 ・・・・・って見直してみたら修正されてた。魚拓とっとくんだった。

他のブログでの第6幕レビュー
どらま・のーと 演歌の女王 第六幕『初の生熱唱が奇跡を起こした!!』
救え! 演歌の女王!!(Muhoの日記)

月曜日, 7月 03, 2006

ハルヒ:ザ・スニーカー8号(9話脚本掲載)

賀東招二×谷川流 スペシャル対談

ほうほう、谷川は受けで(違  

ついつい買ってしまいました。対談も面白かったのですが本当の目当ては、ハレ貼れユカイ書き下ろしポスター・・・・ではなくて、
構成14話 放送9話(←録音台本の表紙表記)「サムデイ イン ザ レイン」脚本です。
放送されたものとほとんど違いありません。意外にも、カットの構図も脚本段階で結構指定されているのですね。窓の外からの映像、とか、ビデオカメラ映像で画面内の時計によって時間の飛びなどを表現することまで指定されていました。
まあ、対談を読むとかなり細かいところまで議論されているようなので、この掲載された脚本が初稿から手をいれらたものである可能性もありますが。