日曜日, 11月 26, 2006

CF:ソフトバンク その3

ちなにみ関連エントリは、その1その2

先のエントリで「せっかくキャメロン・ディアス起用したんだから、続編はもっとはじけさせほうが」という声が届いたのか(んなわきゃない)、第3弾が放映されはじめました。

今度は商店前のストリートを歩くという前2作のフォーマットを踏襲しつつ、
・西海岸っぽい明るい感じ
・通りの男どもの視線を集めて闊歩
・最後に踵をかえしてお尻の携帯をみせ、「XS Coming Soon」

というように、「注目」「新製品」という方向への演出意図が感じられます。

んー・・・・ 結局のところ、このディアス3連作は企業広告ではなくて「新製品の前フリ」でしかなかったんですかね。つかみがバッチリだっただけに、なんかもったいない。

今後は、いっそのこと「大物女優が闊歩する」という基本フォーマットをベースにして、新たな演出を工夫できるか、というのを期待してみたりして。

その4へ:期待は半分当たってた!)

むしのしらせ

訃報:フィリップ・ノワレ氏76歳=フランスの俳優(毎日新聞)

 映画「ニュー・シネマ・パラダイス」の映写技師役などで知られ、フランス映画の最高賞であるセザール賞の主演男優賞を2度にわたって受賞したフランスの男優、フィリップ・ノワレさんが23日、死去した。76歳。代理人の話としてフランス公共ラジオなどが伝えた。フランスのテレビは死因をがんと報じた。

先日のエントリでちょうど「ニューシネマパラダイス」のことを思い出していたその日に映画技師を演じていたフィリップ・ノワレ氏が亡くなっていたのだった。
単なる偶然なのだけど、ついつい、虫の知らせというのを感じたくもなってしまう。

思い出深い映画を遺してくれたことに感謝しご冥福をお祈りするしだいである。

木曜日, 11月 23, 2006

Where the Hell is Matt?

藤子・F・不二雄の短編に「ある日…」という作品がある。

映画サークルの4人が作ったそれぞれの自主制作作品をテーマに、途中まではユーモラスに、そしてラストは衝撃的に終わる名作「ある日……」


藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (7) (amazonの解説より引用
初出はマンガ奇想天外/82年

この作中のユーモラスな自主作品のひとつが“世界中を走る男”というアイデアのもの。ピラミッドの前をランナーが駆けてゆく。次のカットではパリ、次はロンドン、モスクワ、アメリカ、インド・・・・、と世界中を駆け抜けてゆく。(記憶に頼っているので国は違うかも) 種を明かせばランナー(=作者)は仕事の関係で世界中を飛び回っているので、行く先々の名所名跡でランナーの格好に着替えて走りそのフィルムをつなぎ合わせる、ということだ。


初めてこの短編を読んだとき「旅行好きの誰かで本当にやってる人いるだろうなあ」と思ったものだ。

いたよ。
Where the Hell is Matt?


世界中の名所名跡(それもすごいとこばかり)で楽しそうにダンスをしている。ダンス? 手をふり足をじたばた、はっきりいってファニー。けど楽しそう。本当に楽しそう。こう書くと藤子・F・不二雄の短編のようにユーモラスな作品だと思うでしょう。
全然違う。

正直に言う。泣いた。

ワールドサウンド系のBGM(Deep Forest:Sweet Lullaby)とのマッチングが抜群なのもあるのだろう。素直な感動と切なさと懐かしさと胸をかきむしられるような焦燥感とがあいまった不思議な感情が呼び起こされるのだ。
なんなんだろうね、この強烈なメッセージ性は。映像と音楽、それにのせる人の感情の強さなんだろうか。未見の方は是非。

藤子先生が観たらどんな感想を持ったかなあ・・・・きっと同じようにびっくりしたと思うなあ。

#いろんな反響はひろぶろ:世界中でダンス その2 のコメント欄を参照のこと。感動者多数。


なんだかこれと似たような感覚の記憶があるなあ、と、つらつらと考えて思い出した。
「ニューシネマパラダイス」のラストだ。
映画監督となった主人公が、幼い頃なついていた映画技師の遺したフィルムを観るシーン。検閲カットしたキスシーンのみをつなぎ合わせたフィルム。懐かしさや自分の人生を振り返る、主人公の凝縮された思いが伝わってくるシーンである。懐かしさと切なさの感じがちょっと似ているような気がした。


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土曜日, 11月 18, 2006

CM:ソフトバンク キャメロン・ディアス(私ならこう演出する)

先日の怒りが届いたのかソフトバンクのキャメロンディアスのCMが元に戻ってました。#公取の指導だってば
まあとにかく、あの醜悪な「¥0」がなくなっていて、めでたいめでたい。

なんだか、ここ2・3日で“ソフトバンク キャメロンディアス CM”で検索があったんですが、このためだったんですかね。たぶん15日ぐらいから元に戻ってたんでしょう。

あらためてこのCM(ストリートを歩くほうは“街角編”というらしい)について世間の評判を確認してみたら、意外にも
「ディアスのインパクトはあるが、何を言いたいCMだかわからん」
というのがちらほらと。
企業CMなんだから、まずはインパクトで充分なんじゃないかなあ。否定的な評価の人でもディアスを見た時に「おっ!?」と思ってたんだから、これはSoftBankの狙い通りでしょう。

ただ、次の“スーパーマーケット編”は、私も失敗だと思います。だってシチュエーションを代えただけで“街角編”と何にも変わっていないんですもん。これもディアスの存在感にのっかるだけじゃあまりに芸がなさすぎです。

“街角編”でツカミはOKだったからこそ、それに重ねてスーパー編で企業CMとしてもメッセージを出して、「なるほど、ここで企業としての方向性が示されるのか」となればよかったのに。
おそらく、製作側の意図としては、ビジネスシーン・カジュアルシーン・○○○シーンでかかせないSoftBank携帯、みたいなものだったのでしょう。しかし2作目では、もうディアス起用のインパクトがないですから、今のような内容では、1作目との対としての作品という印象しか残りません。もったいない。

ここはディアスにもっとハジけた演技をあてて「今度はディアスにここまでやらせたか!」というぐらいまで、このスーパーマーケット編自体のインパクトを強烈にしなくてはならなかったと思います。当然SoftBankの企業CMとしてのメッセージを含んでです。
ディアスは「クリスティーナの好きなコト(The Sweetest Thing)」で「メリーに首ったけ」とは比べ物にならないほどハジけてましたからねえ、それこそ予想外の演技してくれたんではないかと思うんですが。

私ならこうする
・ディアスにコギャル風(ゴスロリでもコスプレでも可)の装いをさせ、アキバや原宿あたりではしゃがせる。ある意味現代の日本の文化的アイコンである分野への進出・存在感を演出
・一転、下町の八百屋ですごく自然にとけこんでいるディアス

企業メッセージ  日本の文化に自然に溶け込む携帯インフラを実現する、という暗喩

 ⇒これはJ-PhoneがVodafoneになり日本市場にマッチしない製品展開や運営方針を繰り返したことを反省・やり直す意図として、ディアス(外国人)を日本文化に溶け込ませる、という構成にする。
街角編:ディアス起用のインパクトで充分。ここはまだ颯爽としたビジネスパーソンというイメージでOK
アキバ編:ディアスはじけてるよ!! 前作はニューヨーカーっぽかったのに今度はオタ外人
下町編:あれ今度は落ち着いたなあ。

てな感じ。 
#メイド服は似合いそうにないから、アクション系のコスプレがいいかな。あ、それだとチャーリーズエンジェルになってしまうか。

続き:その3その4

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木曜日, 11月 16, 2006

ハルヒ:2話 見た目でのカメラワーク(1)

“ハルヒ”はアニメ化に際して原作の一人称視点の原則を忠実になぞっています。ただし、一口に一人称視点といっても実際に映像化するには色々な方法があるので、どのような構図・カメラワークを採用するかが演出の腕のみせどころです。
#インタビュー記事によると、山本氏・石原監督ともども、相当検討を重ねたようです。

もっとも主観的な一人称視点はキョンが見ている映像で、いわゆる“見た目”というやつです。
“キョン視点”という表現ですと、「一人称視点」なのかそれtも「見た目構図」なのか区別がつきにくいので、一応表現を“見た目”で統一します。

2話(憂鬱I)は物語の導入部であり、視聴者に世界観をしっかり理解してもらうために、日常および背景をきっちり説明し、またキョンとハルヒの出会いから接近の変化を描かねばなりません。
この一連の流れのなかで、キョンの“見た目”構図とカメラワークの組み合わせが効果的に使われており、キョンの心情やハルヒとの距離感がうまく表現されています。

以下は「普通の人間には興味ありません」宣言の次の朝、キョンがハルヒの前に腰をかけるまでです。
 
 

・ハルヒは先に席に座っている

・横目で様子を伺うキョン

 #画像が多くなるので割愛しましたが、ここでのキョンの目線の動きも細かくて、気にしてないふりをしつつ目線を向けるという描写がされています。



ここまでは通常の描写です。




この次のカットがキョンの“見た目”です。(GIFアニメにしてみました。動かない場合はクリックしてみてください)
ちょっとわかり難いかもしれませんが、広角で周辺部に歪みが出ている絵であり、ハルヒが視界の隅に動くにつれて歪みが強調されています。
これは
「キョンがハルヒに顔を向けずに横を通り過ぎつつ視界の隅っこでハルヒの顔を見ている」
という状況を、キョンの見た目構図にして、それを広角レンズでの歪みという絵にすることによって、視界の隅で見ている、という表現を実現しているわけです。現実の“見た目”の絵はこうは歪まないと思いますが、一連の流れで自然に「ああ、横目でみてるんだな」と理解できてしまいます。

この次のカットでキョンは思い切って「なあ昨日のあれ・・・」とハルヒに向かって話しかけることになるのですが、上記のつなぎカットは、そこまでのキョンの様子見の心情をさりげなく表現している巧みな演出だと思います。

#その(2)に続く予定・・・・・・・・・

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水曜日, 11月 15, 2006

ダリ回顧展にて

先日、ぽっかりと平日に時間がとれたのでダリ回顧展にいってまいりました。
久々のダリ、年を経てみると印象が結構かわるものです。
今回印象に残ったのは晩年の作品でした。遺作の記号的解釈に思索をめぐらしながら会場を後にしたとき、後ろから女の子(推定:女子大生)が

「ダリ ダリィーン ♪ (by 矢井田瞳)」

と歌いながら出てきたんですよ。

・・・・・・・・・・正直負けた、と思いました。
       で、ちょっと萌えたりして (*^_^*)

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木曜日, 11月 09, 2006

Blogger beta 移行

なんとなくBloggerをbetaに移行してしまいました。

見た目、特に変わったところはないのですが、RSSがちょっと変わったようでして、過去の記事のリンクやタグの修正をした場合でも最新記事として表示される仕様になっているようです。

微修正の場合でも、新しいポストを心がけるようにしなくては。

あと、Template内の日本語が全部化けてましたが、後で元通り直せます。

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水曜日, 11月 08, 2006

歴史をしらないと・・・・

履修漏れで世界史を学ばないまま世の中に出るのは大問題である。

だって、外国の学会や展示会などに行って会食か何か酒の席でドイツ人と話す機会があった時に

「今度はイタリア抜きでやろうな V(^_^)」


という、両国の技術力を褒め称える技術者として琴線に触れる、かつ、わりとボーダーなネタゆえに味があるという、ジョーク(半分本気)をかわすことができなくなってしまうではないか。

まったく嘆かわしいことである。

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